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漢方医学は正気を高める内治を施す。
漢方医学と現代医学の考え方の違いは、現代医学は病気の原因を見つけ出し、速やかに取り除くことである。その意味で病原菌を殺菌する抗生物質の発見と外科手術による罹患臓器の摘出術の発展が、今日の医学が驚異的に発展を遂げた理由である。その根本原理は現代科学技術の爆発的進歩の結果である高度の科学技術発展の応用なのである。
これに対して漢方医学では病因を解明するという科学的分析には向かわず、生体に元来備わっている自然治癒力(正気)が障害されることが病気になる原因と考え、まず病気の原因である邪気を払い、気の巡りをよくするために外治(鍼灸、マッサージなど)を施し、体調を整えたうえで正気を高める内治(漢方湯薬など)を施すのである。
正気の根本は「大地の恵み食物=植物や動物)」である。「病気」とは人の“体や心”の中の「調和(バランス)が乱されている状態」である。「病気の治療」とは、この乱れた内部環境に再び“調整機能=バランス”を取り戻してやることである。「健康な人間の身体」には“正気”がある、これが正常な生理機能や調整機能(バランス)を保持しようとする力である。即ち“正気”とは、「自然治癒力、免疫力」であり、漢方医学では「陰陽、虚実、気血水の調和」のとれた状態である。 漢方医学では、先ず身体の表面にある皮膚の経穴に鍼灸治療を施して、身体のバランスを整えてから後に漢方湯薬を服用させるとしている。
予防医学の提唱
現代医療の最大の課題は、患者が超高齢化しているという事である。人類の本来の寿命は45~46歳とされている。それは動物としての生殖年齢の限界なのである。他の動物たちは終生生殖可能なのである。人は40歳を過ぎると、昔は成人病、現代ではメタボリック症候群を発症するとされ、それが予防医学の提唱される理由である。実は40歳を過ぎると様々な病気になりやすくなる原因は、所謂加齢、老化が原因なのである。 では我々にとって老化とは何なのだろうか? 私は現在医師になって50年になる。開業医ではあるが、医学部大学院に入学して以来、研究をずっと続けている。私の研究テーマは免疫でる。教授から頂いた研究課題が「腸管と免疫」「心と免疫」であった。
そもそも、私が一人間として医者になろうと思った最大の動機は、自分の体質が弱かったので、子供の頃はよく風邪を引き扁桃腺を腫らしていた。又胃腸が弱く、太れないし、乗り物酔いが激しくて、遠足が苦手であった。そんな自分だったから小学校、中学校の頃から健康オタクであった。ビタミン剤や、強肝剤、胃腸薬、風邪薬、整腸剤などを薬局で買い求め、効果的な服用方法を試していた。 医学部で勉強中に気付いたことは、昭和30年代後半の東京オリンピックが開催された当時だったが、医学の方向が変わろうとしていることに気付いた。当時大学病院の結核病棟が閉鎖されたのである。戦前の日本において最も恐れられていた病気とは、不治の病と言われた結核であった。従って全ての病院において対象とする病気の第一位は肺結核であった。従って病院の第一内科と言えば呼吸器内科だった。 昭和20年の日本人の死因第一は肺結核である。しかしながらその後急激に結核患者は減少した。その結果が大学病院の結核病棟の閉鎖であった。それは近代医学の最大の功績である、抗生物質の発見の賜物なのである。1945年に結核菌の特効薬ストレプトマイシンが発見され、始めて人類は結核菌を撲滅する手段を獲得したのである。これこそ正に現代医学が、科学的医学であることを証明した実績なのである。そこで病院の結核病棟が閉鎖された結果呼吸器内科は次に何の病気を対象とすべきかという事になるのであるが、我が恩師は気管支喘息の研究をしていたのである。気管支喘息等は免疫病=アレルギー疾患であることが当時日本人の研究者により解明されたのだ。即ちわが師は菌による病気即ち感染症が撲滅されたら、次は免疫疾患が主役になると考えておられたようであった。この師のもとに私は弟子入りしたのでる。 この50年間免疫学は医学の中で最も進歩した学問であろうと思う。日本人で初のノーベル医学生理学賞を授与されたのが利根川進先生で、先生は免疫抗体の多様性を決定する遺伝子のメカニズムを解明した。私も同世代の医者なので、これらの免疫学の進歩を勉強してきた。
名医は未病を治療し、病気を治すのはやぶ医者である
話を戻して私の研究の歴史を見ると初期は免疫の異常による免疫病=リウマチ、膠原病、アレルギーの研究であった。しかし1981年開業する時に何をテーマにクリニックを運営するかを考え、“ヘルシー&ビューティ”にしようと思った。それは、私が医者になる最大の動機が「健康の増進」だったからである。実は現代医学には健康という項目がない。WHOの健康の定義は“健康とは肉体的な健康のみならず、社会的にも健康な生活ができることである”とされている。すなわち、健康とは何か、如何したら健康になれるのかは、現代医学の課題としては取り上げられていないのである。
漢方医学では、“名医は未病を治療し、病気を治すのはやぶ医者である“と「黄帝内経素問」という医学書に記載されているそうである。私はこの事実を知った時、漢方でいう健康=正気が自然治癒力であり、これこそが現代医学でいう免疫力なのだと考えたのである。未だに現代医学、製薬会社では免疫力を改善する、または向上させる薬を開発出来ていない。
漢方医学が築いてきた「未病を癒やす」という医療
既に書いたように漢方医学では「正気」とは大地の恵みにより得られるものであると説かれている。遥か2000年以上前の古代中国の秦の始皇帝が服用したと伝えられる「霊芝=サルノコシカケ」は韓国から日本に渡り漢方薬として服用され続けている。このキノコの成分が「キチン」なのだ。何故霊芝が「不老長寿の妙薬」と言われるのか? これが私の研究テーマであった。膠原病、アレルギー、癌などの様々の疾患で有効な症例を積み重ねてきた。漢方医学は、すべて患者の本来持っている自然治癒力(正気)を高めるものであり、免疫力を向上して未病を治癒させることにより、不老長寿「ピンピンコロリ」を達成するものと考えている。 人間が40歳を過ぎて老化したというが、何が老化しているのかというと、実は免疫力の老化が最も重大なのである。免疫力の大本はリンパ球であり、リンパ球はもともと胸骨の裏側にある胸腺という臓器で作られ、胸腺は思春期までが最も盛んであり、40歳を過ぎると急激に低下し80歳で殆どリンパ球は作られなくなると言われている。胸腺=免疫の機能低下が老化の指標であると言われている。即ち老化により起こる生理現象の多くは免疫力の低下が直接或いは関接的原因なのである。 現代における日本人の四大死因は、癌、心筋梗塞、肺炎、脳卒中である。これらの疾病の共通の原因は免疫力の低下であることが解明されつつあり、それは現代医学の最先端の研究成果である。健康寿命を延ばすためには、免疫力の維持が最重要課題であり、それこそが現代の人々の最大関心事である。作今の健康食品ブームの到来は当然の成り行きと推察される。
漢方医学3000年の歴史が築いてきた「未病を癒やす」という医療は、現代医学のできない根本的な予防医学である。高齢者の医療に治癒はない。如何により健全な肉体を維持できるかという事である。小生は理想の医療とは「健康で美しく(ヘルシー&ビュウティ)」である。終活の最大の目的は「ピンピンコロリ」である。それ故、現代医学のみならず、漢方療法がさらに普及することを、心より願うものである。
韓 啓司
1940年、東京都生まれ。医学博士。医療法人社団・恵クリニック院長。
66年、昭和大学医学部卒業。
72年、同大学院内科、免疫学修了。
昭和大学医学部腎臓内科兼任講師なども経ながら、現職。
著書 「医療にお金をかけない生き方」